手紙の書き方「ありがとうの手紙」

書き出しは家族への感謝から始めます

今日まで、私を育ててくれてありがとう。
頑固で、わがままたくさん言って困らせてばかりだったけど、いつも辛抱強く見守ってくれて本当にありがとう。
家族や友人に恵まれ、29年間とても幸せでした。

お父さんとの思い出、印象、感謝などを書きます

お父さん、今日は尺八の演奏、どうもありがとう。
始めの頃はちょっとうるさいなあと思っていたけれど、マイ尺八を持ち歩き、朝から晩まで、どこでも一生懸命練習していたね。
そんな頑張りを家族以外の皆さんに見てもらいたくて、演奏をお願いしたんだよ。本当にありがとう。

そんな父、そして母にこの場を借りて、普段言えない気持ちを言いたいと思います。

昔から自分よりも家族のことを一番に考え、働き者で、人の悪口や仕事のぐちを言わない所、尊敬しています。
娘の私は顔は似ているけれど、心の広さがもっと似ていればよかったなあと思います。

家族旅行、エピソードなど

小さい頃は、いろいろな所へ連れて行ってくれたね。
海やキャンプ、どれも大切な思い出です。

仕事の都合で、私が中2のときからずっと単身赴任していたね。
でも一緒に住んでいなくとも、まめに父が実家にきていたから全然離れている感覚がなかったよ。
たまにくれる長文の励ましメール。
返事しなかったり、短い返事だけだったり、ごめんね。でもしっかり読んでいます。

体調面などいたわりの言葉

今年60歳になって、もう若くないのだから、これからは、お酒はほどほどにして、仕事を無理しないで下さい。
膝が痛かったり、身体の不調があったりしたら無理しないで休んで下さい。
そして、仕事の区切りがついたら長野に戻ってゆっくり暮らしてほしいと思っています。

お母さんへ日ごろの感謝

お母さん。昔からいつも元気で、言いたいこともはっきり言えるところ私も見習いたいと思っていました。
父同様、働き者で、どこでも器用に仕事をこなし、家事も両立していましたね。

日々の生活が当たり前すぎて、ろくに手伝いをせず、「ありがとう」の感謝を伝えることもしなかったのに、
ごはん、洗濯、掃除、その他家のこと、文句言わずにやってくれていたから、私は不自由することなく、
大きい病気もすることなく、のびのび生きてこられました。

何気ないちょっとした事などを書きます

私の好きな食べ物は毎日のように用意してくれてありがとう。
小学校のときメロンパンにはまって、いつも食べていたね。
今でも肉付きよく、とことん健康体なのは母のおかげです。伝えるのが遅すぎたけれど、今改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

それと同時に、今まで心配ばかりかけて、ごめんね。
昔から不器用で、人付き合いが苦手な私は、くよくよ悩んでばかり。
そんなとき、いつも相談を聞いてくれ、アドバイスや叱咤激励をもらっていました。

特に今回、仕事を変えること。結婚が決まって、地元を離れること。
1年もの間、ぐずぐずと悩んでいる私に「もっと好きに生きなさい。大丈夫だよ!」
と肩を押してくれて、一歩進むことができました。
自分が選んだ新しい道が、これでよかったと思えるように、精一杯やってみるので、これからも元気で見守ってね。

二人への感謝とこれからの家庭、豊富など

私は父と母の娘で本当によかった。結婚しても、私は二人の娘です。
そして温かい家族に囲まれて育ったことを心から感謝しています。

これから少しずつ恩返ししていきたいので、いつまでも健康で元気でいて下さい。

まだまだ未熟な私ですが、これからは二人でゆっくり穏やかに、自分達らしい家庭をつくっていきたいと思います。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
今日まで本当にありがとうございました。

 

両親への手紙は感謝の言葉から

両親への感謝の気持ちから書き出しましょう

お父さん お母さんへ
1990年10月16日 お父さんとお母さんの元に私は生まれました。
この日から29年間、大切に育ててくれてありがとう。

両親との具体的なエピソードを入れるなどして、構成を展開していきます

10月16日はお母さんと同じ誕生日で、お母さんはいつも「私の生まれ変わりよ」と
言ってピアノや絵画、お習字、水泳など、多くの事を学ばせてくれましたが、お母さんが私に託した一番の夢は
♪ピアニストにさせたい♪という夢でしたね。

今だから言える感謝したいことや謝りたいこと

暑い日も寒い日もレッスンに通い、親子で1つの夢に向かう為に、努力を惜しまず頑張ってきたことは、私の人生で大切な時間となりました。
遊びを惜しんで練習をしていた小中学校の頃は、ピアノの楽しさが分からず、練習をしなかったり反抗的な態度をとったりと、困らせた事も沢山ありましたね。
でも、どんな状況でもお母さんは「辞めよう。」とは言わず、私と真正面から向き合ってくれました。

音高の入試に合格した時に、お母さんと一緒に分ち合った喜びは、忘れることの出来ない一生の思い出です。
ピアニストにはなれなかったけれど、ピアノを通して築いた親子の絆は、かけがえのないものとなりました。

尊敬できるところ、好きなところ

そしてお父さんとの思い出も沢山あります。
小さい時は、たこ揚げや自転車を教えてくれたり、毎年ひな祭りには大きな雛壇を組み立ててお祝いをしてくれたことが、とても印象に残っています。

そして、どんなに遅い時間でも毎日駅まで迎えに来てくれて、車に乗れない日は、歩いてバス停に迎えに来てくれました。
お昼のランチのこと、会社でのこと等・・・。1日あった出来事を話したり、たまにはアイスクリームを買いに行ったりもしましたね。
少しの時間でしたが、お父さんとの貴重な時間が持てることを、日々嬉しく思っていました。

アルバムを見ると家族で過ごした様々な思い出が蘇ってきて、今日まで沢山の愛情で、何不自由なく育ててくれたことに、涙が止まらなくなりました。

結婚するにあたっての心境、結婚生活への抱負喜びを伝えます

大好きなお父さんとお母さんの元を巣立つのは寂しいけれど、今日、私はお嫁にいきます。
心から信頼の出来る生涯のパートナーにめぐり会い、両家が良いご縁となり結ばれたことは人生で最高の喜びです。
今まで親孝行は出来なかったけれど、二人で仲良く、太陽のように明るく温かい家庭を築いて行く事が、これから私に出来る親孝行だと思っています。

最後にもう一度今までの感謝を伝える

結婚という人生の大切な瞬間を迎えた今、29年前にお父さん、お母さんの子供としてこの世に生まれてきた事に感謝します。本当にありがとう。
これからは、二人の人生を末永く大切にして、長生きして下さい。

 

両親への手紙の時間は、大体3分前後。文章量の目安は1000文字前後の文量にしておくのがちょうど良いでしょう。
長すぎても、ゲストが退屈してしまいます。どうしても長くなりそうな場合はバックに思い出の写真のスライドを流したりチョットした演出も効果的です。

結婚式で読む家族への手紙

お父さんお母さんお姉さんへの手紙

家族一人ひとりへの思い出とエピソードが家族間の暖かさと絆、尊敬が伺える手紙になってます。書き方も家族の順番で書かずに今思ったことを書いていくのもリアルで新鮮な書き方です。

結婚しても何が変わるというわけではないけど、日頃言えないこととか、思いついたことをまとめて書きます。

かれこれ29歳。小学校の頃は一日経つのも長く感じていて、大人に本当になるのだろうかと思っていたけど、もうこんな年。
そして、ついに結婚なんだなと感じています。ほんと不思議だよね。

自分の最初の記憶は第一アパートにいたころかな。
階段の前でお母さんに「今日って僕の誕生日だっけ?」って質問している自分、
YMCAで走りまわっている自分、ぐらいかな。その前はあんまり覚えていないな。
お姉さんと鮮明なのは茨城に引っ越してからよく、お姉さんの部屋で話していた。
自分はベッドによりかかって、お姉さんは椅子に座っての配置。
内容はあんまり覚えていないけど、楽しかった思い出がある。

小さい頃はおじさんがよく漫画の話とかちょっかいを出してくれて、おじさんが父親だったら楽しいのにと思ったこともあったけど、年をとると共にお父さんが好きになってきた気がする。高校卒業してからくらいかな。特に。
やっぱり自分と似ている点が多いと感じている。
口数は少ないけど、お父さんといるのは居心地がいい。
勉強熱心な点とか、尊敬できる。

お母さんには特に愛情を感じる。無上の愛情。
大学時代は二人で暮らしていたようなものだけど、ご飯は格別に美味しかった。
コンビニ外食が多くなった今では、家の味が一番美味しい。
何にしても自分を一番に考えてくれる。
愛されているんだなと感じることは多々あるよ。
お母さんの社交性が自分にもあったらなと羨ましく思うこともある。

お姉さんにはいろいろひどいことを言ったこともあるな。
中学高校時代「また学校休んでるの?」とか、
「根性が足りない」とかいろいろ言ったかもしれない。
あまり状況が理解できていない中、配慮が足りなかったところを謝りたい。
ただ、ただ一人の姉弟であるから、やっぱりお姉さんがいなければ自分の存在はない。お姉さんあっての自分であると思う。特に小さいころは頼りになった。

最近はペットも家族の一員ですね。ペットとの思い出を書くのも家族共通の話題として思い出されますね。

メイが家に来たのは日立に引っ越してからすぐ。
特に猫を買うなんて聞かされてなかったけど、いきなり買うからって言われて
小さい猫がうちに来たのを覚えている。あの頃は小さかったのにね、今では。笑)
お母さんは最初悲鳴をあげながら怖がってたけど、今となってはなくてはならない存在だよね!

クーは水戸にいる時に来たね。
トイレの前に週に一回くらい開放させてあげてたよね。
紐をぶら下げでクーに噛ませて、紐を持ち上げ、クーを宙ぶらりんに。。
可哀想なことをしてたね(笑)
水戸の新しい家ではトイレの前とは言はず。一階全体を解放。
「クック、クック」いいながら走りまわっていた。すぐ疲れてペタってなってたよね。

小さいころはいろんなところへ連れて行ってもらった。
山登り、三井グリーンランド、ハウステンボス、
グリーンランドでは背が足りなくて何度かジエットコースター乗れなくて半べそかいていた気がする。
グリーンランド行ったときのお弁当は近くの弁当屋のカレー弁当で、かなり美味しかったな。

半べそといえば幼稚園の頃、お母さんが迎えきてくれるんだけど、迎えが遅くていつも自分は最後の方。
捨てられたんじゃないかって、よくお母さん迎えにくる前に泣いてたの知ってる?
あの頃はたぶんいろいろ忙しかったんだよね。

小さい頃は健康のために基本的には外食もなかったし、お菓子も自然農法のもの、コンビニ弁当もだめだったよね。ゲームも小学校低学年までだめ。
欲しいおもちゃもあまり買ってもらえなかった気がする。
あの時は本当にマック食べたかったし、ドラゴンボールのカードも欲しかったんだよ。
自分の子供には健康にはもちろん配慮するけど、もう少し甘く育てそう(笑)

大学時代くらいからは特に親の有り難みを感じている。
高校私立→大学私立、しかも大学では法政に入学金を払ってもらっているし(笑)お金かけてもらって申し訳ない。
社会人になってからは還元しようと思っていたけど、あまり出来ず。。今後期待していて(笑)

もう29歳、社会人6年目、もうそろそろ立派な大人だね。
結婚して自分も育てられたような家庭を作ろうと思う。
美穂を幸せにして、自分と似たような子供が生まれて、お父さんお母さんがおじいちゃんおばあちゃんになって、お姉さんがおばちゃんになって。
いろいろこれからあると思うけど、いつまで経っても自分のお父さんはお父さん、
お母さんはお母さん、お姉さんはお姉さん。これは変わらないわけで。
社会人になった時に経済的には自立したけど、これからは家族を持つことになるのでこれまで以上に頑張ります。

29年間愛情を注いでくれてありがとう。
これからもよろしく。

両親への手紙で悩んでいる方、両親宛てだけでなく、兄弟、親戚、従兄弟、ペットなどとの思い出を箇条書きに出してみて、少しずつ繋げて文章にしていくと思った以上に簡単に出来るかもしれません。手紙の例文など参考にしながら作り上げてください。綺麗にまとまった文章よりそのときの情景が蘇ってくるような手紙をぜひ差し上げてください。

結婚式で読む手紙の例文

感謝の気持ちを手紙に

感謝を込めて

今日まで、私を育ててくれてありがとう。
頑固で、わがままたくさん言って困らせてばかりだったけど、いつも辛抱強く見守ってくれて本当にありがとう。
家族や友人に恵まれ、29年間とても幸せでした。

お父さんへの手紙

昔から自分よりも家族のことを一番に考え、働き者で、人の悪口や仕事のぐちを言わない所、尊敬しています。
娘の私は顔は似ているけれど、心の広さがもっと似ていればよかったなあと思います。
小さい頃は、いろいろな所へ連れて行ってくれたね。
海やキャンプ、どれも大切な思い出です。

今年60歳になって、もう若くないのだから、これからは、お酒はほどほどにして、仕事を無理しないで下さい。
膝が痛かったり、身体の不調があったりしたら無理しないで休んで下さい。
そして、仕事の区切りがついたら長野に戻ってゆっくり暮らしてほしいと思っています。

お母さんへの手紙

昔からいつも元気で、言いたいこともはっきり言えるところ私も見習いたいと思っていました。
父同様、働き者で、どこでも器用に仕事をこなし、家事も両立していましたね。

日々の生活が当たり前すぎて、ろくに手伝いをせず、「ありがとう」の感謝を伝えることもしなかったのに、ごはん、洗濯、掃除、その他家のこと、文句言わずにやってくれていたから、私は不自由することなく、大きい病気もすることなく、のびのび生きてこられました。

伝えるのが遅すぎたけれど、今改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

それと同時に、今まで心配ばかりかけて、ごめんね。
昔から不器用で、人付き合いが苦手な私は、くよくよ悩んでばかり。
そんなとき、いつも相談を聞いてくれ、アドバイスや叱咤激励をもらっていました。

特に今回、仕事を変えること。結婚が決まって、地元を離れること。
1年もの間、ぐずぐずと悩んでいる私に「もっと好きに生きなさい。大丈夫だよ!」
と肩を押してくれて、一歩進むことができました。
自分が選んだ新しい道が、これでよかったと思えるように、精一杯やってみるので、これからも元気で見守ってね。

私は父と母の娘で本当によかった。結婚しても、私は二人の娘です。
そして温かい家族に囲まれて育ったことを心から感謝しています。

これから少しずつ恩返ししていきたいので、いつまでも健康で元気でいて下さい。
今日まで本当にありがとうございました。

 

アルバムを開いてみると

色あせたアルバムの写真を見てみると今まで思ってもなかったことが写真の中から解かることもあります。いつもはあまり見ることも無いアルバムを結婚を機に開いてみてください。きっとそこには両親の愛情がが写っていますよ。

 

両親とお兄ちゃんへの感謝の手紙

お父さん お母さん
今日までの28年間、本当にありがとうございました。
面と向かって感謝の気持ちを伝えるのは恥ずかしいので、この本で「ありがとう」を言わせてください。

この数ヶ月、結婚式や新生活の準備などいろいろとお世話になりました。
慌ただしい日々だったよね。ごめんね。
でも私にとっては、家族の温かさをすっっごく感じられる大切な日々でした。
お父さんもお母さんも、本当は思うことたくさんあるはずなのに、笑顔で送り出してくれて。ずっと見守ってくれたお兄ちゃんも受け入れてくれて。
私は本当に家族に恵まれてしあわせです。ありがとう。

お父さんへ
小さい頃、2人の結婚式の写真を見せてもらったときは、なんだかお父さんとお母さんの若い姿が不思議で仕方がありませんでした。
まさか同じように紋付と白無垢を着て、自分が結婚する日がくるなんて考えもしなかったよ。
しかもお父さん似と言われて育ってきたけど、白無垢姿になったらどことなく
若いときのお母さんにそっくりなようにも思うのだけど、どう?

お父さんは、子どもの頃ほとんど単身赴任をしていたね。
せっかく帰ってきたのに今度は私もお兄ちゃんも家を出た後で。
一緒に同じ家に住んでいた時間は他の家族と比べると短かったかもしれないね。
でもね。短いぶん、「一緒にいられる時間はなるべく濃く」という両親の努力のおかげで、私は無事家族が大好きな娘に育ちました。
お父さん、家族と離れての生活大変だったよね。
家族のためにがんばってくれていたこと、小さいなりに私はずっと感じてきました。いつも見守ってくれてありがとう。
お父さんは私にとって、頑固だけど本当に優しいお父さんでした。
お父さんとお母さんの夫婦の絆を身近に感じて育ったから、2人みたいな夫婦になれるように私もがんばれるような気がするよ。
いつまでも二人仲良く、私の理想の夫婦でいてね。

お母さんへ
若いね(笑)それにお兄ちゃんも私もちっちゃいね。
お母さんは、私よりずっと若いときに結婚したし、実家から離れて結婚生活をはじめたし。小さい子ども育てながら、お父さんとも離れ離れで生活して、
時には父親役までやってくれて。
おしり叩かれて壁に必死につかまる私を引っ張って、玄関の外に出して怒ってくれたこともあったね。
でもいつもお母さんはお兄ちゃんと私の味方でいてくれたね。
いつも一生懸命に子どもたちのために愛情を注いでくれていたね。
大人になった今でも、同じ女性として尊敬しています。

大人になってからは、2人でいろんなところに行ったね。
都内見物、京都・大阪、清里、神戸、軽井沢。次はどこにしようか?
お父さんがお休みとれたら今度は一緒に連れて行ってあげる?(笑)
私は、お母さんとこんなに仲良くいろんなところに行けて本当にうれしいです。
お母さんとはケンカもするし大笑いもするしね。お母さんは私にとって最高の母であり、女性としての先輩であり、女友達です。
これからも色んなこと教えてね。

2006年にお兄ちゃんが結婚して、私にも待望のお姉ちゃんができました。
お兄ちゃん子で小さい頃から「お兄ちゃんと結婚する」とか「お兄ちゃん以上の人とじゃなきゃ結婚しない」と言っていた私にとって、うれしいけどさびしい
そんな複雑な気持ちだったことを覚えています。もしかしたらお父さんもお母さんも今、そんな気持ちでいてくれているんじゃないかな。

家族が増える喜び、ありがたさをお兄ちゃん夫婦が教えてくれました。
私はみんなにいつも心配かけてばかりの末っ子だけど、いつかこの結婚で家族が増えた喜び・幸せを家族に届けられたらうれしいです。

お父さんとお母さんと、ホテルで撮影したこの時の気持ち。
私は一生忘れないで大切にしようと思います。二人の複雑な気持ち、すごく伝わっていました。
お父さん、話を盛り上げてくれてありがとうね。さすが営業マン。
「昼間のパパ」の顔をみれた気がするよ。
お母さん、体調がよくないのに無理して来てくれてありがとう。
自分が緊張しつつも、娘に恥をかかさないようにと気遣うお母さんの気持ち、すごくうれしかったよ。

なんだか未だに、これまで別々だった家族が1つの家族になっていくということが不思議です。でも私にとってはこの写真が新たな人生の1ページ。

一生懸命に自分たちなりの家族の形をつくっていかなきゃと思っています。
でもまだまだ未熟な2人だから、見守ってくれるとうれしいです。
何かあったら依頼してね。これからも近くにいるから、いつでも呼んでね。
これからも娘として、ずっとよろしくね!

 

両親だけでなく兄弟との思い出と感謝の言葉など入れる事も大事ですね。

大切な二人へ 感謝をこめて。新郎からの手紙

大切な二人へ 感謝をこめて

かけがえのない大切な大切な日。
元気いっぱい生まれてきました。
4人男兄弟の次男として、愛情いっぱい育ててもらいました。

元気に走りまわって、よく遊び、よく笑いました。

男4人兄弟。
年も近く、子育て本当に大変だったと思います。
本当に感謝しています。

幼稚園へ入園。
好奇心旺盛でいたずらもたくさんしました。
ファンタの瓶でお尻を縫うけがをした事も…。

小学校に入って、野球をはじめました。
ポジションは、セカンド。
楽しく打ち込みました。

お弁当を持って、家族で運動会を応援。
唐揚げと海老フライがとっても楽しみでした。

好奇心旺盛で元気がよく、
今まで本当に色々迷惑をかけたと思います。
本当に本当に感謝しています。
愛情たくさん注いでくれた分、
これからはそれを返していきたいと思っています。

いつも明るく優しく
自由に好きな事をさせてくれました。
本当に本当に感謝しています。

優しく、時に厳しく。温かい愛情を注いでくれました。
本当に感謝しています。
明るく、おとこ5人を支えてくれてありがとう。
美味しい料理も大好きです。

これからもよろしく。

 

短い手紙ですが新郎の気持ちを素直に書いた手紙です。

新郎の場合、手紙はあまり長くなくてもいいです。まとまった文章より一文、一言に今までの感謝の気持ちが伝われば両親にとっては嬉しいものです。

 

両親への手紙サンプル「感謝」

お父さん、お母さんありがとう

書き出し

11月12日 7時4分
この日この時間から私の人生が始まった
たった世界に一人しかいない
お父さんとお母さんから生まれてきたよ
生まれてきてよかった
この瞬間から私はずっと生きてるんだね

お母さんへの感謝

大好きなお母さん
私の為に遅くまで起きてくれていてありがとう
手のかかる娘を一生懸命支えてくれてありがとう
一緒に泣いて、たくさん笑って、いっぱい喜んでくれた
行動が可愛くて、友達がたくさんいていつも羨ましかったよ
小さい頃に人見知りがあったのは、
お母さんから離れるのが嫌だったからなのかも
今はこんなに近くに住むことができて本当に本当に幸せです
これからもずっと、仲良しな姉妹でいてね

お父さんへの感謝

優しいお父さん
温かく見守ってくれて、いつも私の意見を尊重してくれたね
子供の為に、お休みの日は色々なところへ連れていってくれた
お父さんのおかげで、小さい頃は家族との思い出で溢れてる
家族に優しくて、まめに動いてくれて
私はお父さんと似たような人と結婚したいってずっと思ってた
こうやって近くに住む事ができたのも
お父さんのアドバイスがあったから
本当にありがとう

小学校の思い出

小学校の入学式
お父さんが私の入学式の為に熱心に選んでくれた
お母さんも一緒にデパートで探してくれたね
お父さんが一生懸命選んでくれた
黒のワンピースの柄は今でもよく覚えてる
思い返すとこんなに小さい頃から、
手を抜かず一生懸命愛情たっぷり育ててくれてたんだね

吹奏楽部
演奏会があるたびに、お父さんとお母さんは聞きにきてくれたね
祭りがあったこの日も、二人でかけつけてくれた
昔から私の為に、色々な場所へ足を運んでくれていたね
ありがとう

両親への感謝

ここまでこれたのも幸せでいられるのも、
お父さんとお母さんが支えてくれていたから
落ち込んだら励まして、嬉しいときはいつも一緒に喜んでくれた
当たり前で普通なことが一番幸せなんだといつも、
教えてくれているようだったよ

私がお父さん、お母さんをたくさん傷つけても見放さずに
大切に大事に育ててくれてありがとう
言葉や文字じゃ表せないほど、
ごめんねの気持ちと、感謝でいっぱいです

私も、この先お父さんとお母さんのように、
仲良く素敵な家庭を築いていきたいです

まだまだ、何もわからない未熟な私だけれど
お父さんとお母さんのように、
愛情がありふれた幸せな家庭を築いていきたいです
両親が側にいるだけで、
こんなに幸せな気持ちが溢れてくるんだなぁと改めて感じました
これからも、たくさん会っていっぱい思い出を作っていきたいです
苗字が変わってもずっとお父さんとお母さんの娘です
いつまでも仲良しでいてね

例文を参考にご自分の思い出、親への感謝をお書きください

感謝の気持ちを、今日は伝えます

娘からの両親への手紙

お父さん、お母さんへ
感謝の気持ちを、今日は伝えます

昭和57年9月20日、お父さんとお母さんのもとに私は産まれました。
身長50㎝、体重3950g なんて大きな赤ちゃんでしょう。
これまでの人生で大きかったのは、この時だけだったかもしれません。

小さい頃の思い出

小さかった私。
小学生の時はいつも友達を見上げていました。
食べることが嫌いで、
小さな茶碗に盛られたご飯を平らげるのも一苦労でした。
中学に入る頃は、周りの友達より顔一つ分くらい小さくて、制服も一番小さいサイズ。背が伸びなかったどうしよう…。
当時はそんな悩みを抱えていましたが、部活に入り、いっぱい食べて、いっぱい運動していたら、いつの間にかここまで成長しました。大きくはないけれど…。
今は好き嫌いもないし、食べることが大好きです。

小学校低学年くらいまで、私はとても消極的で
物事をはっきり言えない子だったのを覚えていますか。
「いいよ」「どっちでもいいよ」が口癖で、「いやだ」という言葉を口にすることはなかったと思います。
良く言えば穏やかな子だけど、意思を伝えるのが下手な子でした。
ただ、自分の決めたことはやり遂げるという芯は昔から持っていて、
習字、そろばん、ピアノ、勉強、学校生活での色々なこと、何に対しても頑張っていたような気がします。
穏やかな性格の中に秘めた闘志なのかな。
負けず嫌いだったのでしょうね。
いつからか、だんだん自分の意思をはっきりと言えるようになり、今の私になりました。

私のやりたいことを全てやらせてくれた
お父さんとお母さん。
高校は私立がいい、吉祥女子高校に行きたい。
中3の時、高校見学に行き、吉祥の校風に一目ぼれしました。
希望通り受験させてもらえて、通うことできました。
高校2年生の時には、語学研修でアメリカに行きたい、ホームステイがしたい、そんな願いも叶えてくれました。
高3の時に友達と大学巡りをして、中大のキャンパスに憧れた私。それも希望通りに。
自分の進路について、自由に全て私の思う通りにさせてくれて、友達にも恵まれ、私は楽しい学生生活を送ることができました。
お父さんとお母さんが一生懸命働いてくれていたおかげです。感謝しています。

お父さんへの感謝と思い出

顔も性格も私はお父さんに似ていると自分でも思います。
喜怒哀楽が激しい所が特に。
お父さんほどではないけど、私も頑固で短気です。
でも、楽しい時は人一倍笑顔になります。
お酒の飲みっぷりも父親譲りなのかな。
普段は口うるさいけど、お世話好きなお父さん。
セレナのガソリンが無くなりそうになれば入れてきてくれるし、
車が汚れていればいつの間にか洗車してくれている。
私の苦手な日曜大工的なことを器用にやってくれるし、なんだかんだ言っても、私は頼りにしていました。
今までありがとう。

お母さんへの感謝と思い出

常に私を気にかけていてくれたお母さん。
私に何かあると、いつも助けてくれました。
小学生の頃、学校から帰ってきた私の様子で何があったのか悟り、すぐに対応してくれたことを覚えています。
何かあればいつもお母さんに相談していた私。
大人になった今でも、嬉しいこと、辛いことがあったら、つい話してしまいます。
どんな時でも、私のことを理解し見守ってきてくれてありがとう。

学生の頃も社会人になってからも、ずっとお母さんには頼りっぱなしでした。
朝起きればお味噌汁があって、お昼に役場から帰ればご飯があって、帰宅したらお風呂が沸いていて、お母さんの料理はとても美味しくて、毎日至れり尽くせりでした。
加藤家は本当に居心地がよかったです。
だからお嫁に行くのが遅れちゃいました。
なかなか嫁に行かない私のことが、さぞかし気掛かりだったことでしょう。ごめんなさい。
そんな私が、ついに自立です。
お料理は上手でないし、家事も手際よくできないけれど、なんとか頑張っていこうと思います。

生まれてから一度も親元を離れたことがなかったので、人より何倍も甘えてばかりで、わがまま言いたい放題だったけど、
言葉では言い尽くせないほど、たくさんの愛情の中で育ててくれたお父さんとお母さんに心から感謝しています。
温かい笑いの絶えない家族に囲まれて、のびのびとここまで育ててくれて、私はこの家が大好きでした。

これからの抱負と家族への感謝

親孝行なんて何もできなかったけど、これから二人で明るい家庭を築いていくことが、これから私にできる親孝行だと思っています。
お父さん、お母さん、体に気を付けて、いつまでも元気で長生きしてください。

最後に、私を産んでくれてありがとう。
今まで大切に育ててくれて本当にありがとう。

 

小さい頃からの思い出とか両親への感謝の気持ちが伝わる手紙です。今までのエピソードなど書いたりこれからの生活など豊富も入れながら。

お父さん、お母さんへの手紙-新婦の手紙

お父さんお母さんへ書いた手紙

28年間、本当にありがとう。
なかなか言葉で表せないから、この本で私の気持ちを贈ります。

誕生

1986年3月1日 午後13時8分。
28年前も産まれた時は雪が降ってたんだよね。
今年の3月1日も雪が降って寒かったね。

産まれた時のエピソードは、
お父さんとお母さんが一番よくわかってるもんね。
産まれた時から、たくさん心配かけちゃったね。
でも小さく産まれても、
大きな病気をすることもなくここまで成長することができました。
本当にありがとう。

お父さんとの思い出

お父さん。
小さい時の写真を見ると、この頃はお父さんによく似てるよね。
いろんな所に遊びに連れてってくれたよね。
今でも覚えてるのは、
学校から帰った時にリビングの机の上に置いてあった連絡帳。
文章と最後にお父さんの似顔絵が書いてあって、
あまりにもその似顔絵が似てるから、
いつも学校から帰ってきて連絡帳を読むのが楽しみだったよ。
覚えてるかな?

お父さんとは私が年頃になるにつれて、
話さなくなって寂しい思いをさせたこともあったよね。
社会人になって一人暮らしを始めて、
今も電話や直接会ってもお互いに照れてあんまり話をしなかったりするけど、
お母さんからいつもお父さんが私のことを心配してることを聞いてたよ。
これからは、もっと話をしようね。

仕事あんまり無理しないで、体に気を付けてね。
春に結婚式をして、花粉症で困らせちゃってごめんね。
今日、お父さんと並んで歩いたけど、何年ぶりかな?

お母さんとの思い出

お母さん。
お母さんにはよく怒られたよね。
私が素直に謝らなかったから余計に怒られたり…。
怒るとすごくこわいけど、一人っ子の私には
お母さんは一緒にランチや買い物をしたりする仲がいい友達のような存在だよ。
私もいつの間にか韓国が好きになって、今では共通の趣味があるね。
また韓国ドラマ観たり、韓国に旅行しようね。

おばあちゃんは、お母さんのことを体が弱いってよく言ってたけど、
私には全然そんな印象はなくて。
私が保育園の時からずっと仕事を続けてて、
私も社会人になって仕事の大変さがわかったけど、
私の結婚式が終わったらまた仕事をするって言ってたのを聞いて、
お母さんの行動力にはびっくりしたよ。

お母さんもくれぐれも体には気を付けてね。
結婚が決まって、結婚式の準備にいつも付き合ってくれて本当にありがとう。
お母さんは私の理想の女性です。

これからの抱負と感謝

私を大変な思いをして産んでくれて、
たくさんの愛情を注いでくれてありがとう。
私はこれから尭志さんと新しい家庭を築いていきます。
幸せになるね。見守っててください。
ありがとう。そしてこれからもよろしくね。

 

ぜひ手紙のサンプルを参考にしていただき、ご両親をお渡しください。

両親への手紙のサンプル

お父さん お母さんへ

昭和○年○月○日
お父さんとお母さんの元に
○○は産まれました。
この時から○年間
大切に育ててくれてありがとう。

お父さん、お母さん、
結婚が決まってから、二人の顔を見ると、
さまざまな思い出とともに
感謝の気持ちでいっぱいになります。

結婚が決まって気がつきました。
何気なく過ごしてきた毎日がどんなに幸せだったのか。

こうやって、写真を見て今までを振り返ると、
楽しかった事、嬉しかった事、悔しかった事、
写真を見るたびに懐かしく昔を思い出します。
ありがとう。

父さん、覚えていますか?
小さい頃、色々なところに遊びに連れて行ってくれましたね。
○○に行ったり、○○に行ったり、
楽しい思い出ばかり。

大好きなお父さん 本当にありがとう。

お母さん、覚えていますか?
私が嬉しいときは一緒に笑ってくれたね。
私が辛いときは一緒に泣いてくれたね。

大好きなお母さん 本当にありがとう。

今日この日を迎えることができたのも、
父さんとお母さんのおかげです。
これまでもらった愛情、決して忘れません。

産んでくれてありがとう。
今まで大切に育ててくれてありがとう。
二人の子供で本当に良かったです。

○○より

例文を参考にしていただいてご自分の言葉でお書きください。